コバルトーレ女川への想い。

二年前に初めて店内に入った日、最初に目に止まったのが、壁にかけてあるサッカーのユニホームだった。鮮やかなブルーが目に飛び込んできた。地元のチームを応援しているのだなと思ったことを、今でも覚えている。康仁さんが経営する中華料理店「金華楼」は、2016年3月23日に新店舗をオープンする。ユニホームはもちろん新店舗にも飾りますよ、とうれしそうに康仁さんは話してくれた。

震災前は、町内にコバルトーレの選手寮があった。そこへ康仁さんが食べ物の差し入れをしたり、逆に選手たちが試合の日程を知らせるために来店したりしているうちに、交流が芽生えた。「厨房を覗かせてもらっていいですか?と、料理が好きな選手の一人が言い出して。面白い料理を一緒に作ってみたりしているうちに、選手たちとの距離が近くなりました」と懐かしそうに語る康仁さん。そんな選手たちのがんばっている姿を応援するようになったのは、震災の2,3年前のこと。そのうち、メンバーの何名かが、地元である女川の人びとともっと交流したいと言い出した。当時、女川町商工会青年部の部長を務めていた康仁さんは、青年部の会合に選手たちを呼び、町の若者たちとの間を繋いだのだ。町の人々と選手たちとの距離はさらに縮まり、チームが勝利を重ねていくうちに、町のコバルトーレ熱はどんどん高まっていったそうだ。

そんな時に起こった2011年の震災。やむを得ず、女川を離れる選手もいた。「震災後、色々な選択肢があったときに、残ると決めたメンバーは【女川のために】という気持ちが強く、すごいなと思った」と康仁さんは話す。コバルトーレの選手たちは、サッカーチームとしての活動ができない時期も乗り越え、女川の人びとと共に困難を一緒に乗り越えていった。一度は町を離れた後、女川へ戻り、小学校で教えている元選手もいる。町との繋がりが実に強いコバルトーレ女川。事務局だけではなく、選手たち一人ひとりにも、女川の観光と地域経済に貢献したいという強い想いがあるそうだ。

女川の名前を全国区へ。

町を想い、町に想われているコバルトーレ女川が目指すのは、Jリーグへの昇格。今年は上のリーグに上がらないとダメでしょ、と康仁さん。選手たちも同じことを口にしているという。今季リーグ優勝すれば、JFL(アマチュア最高峰の全国リーグ)への挑戦権を得られる。全国レベルで戦えば、さらに強くなる。動員数が上がり、経済効果をもたらし、全国に女川の名前が広まっていく。サッカーの試合と町の魅力をパッケージすることができるのではないか、と話す。女川町は、サッカー場と町の距離が近い。試合を楽しみながら、町を知ってもらうこともできる。コバルトーレ女川の存在が、女川に来る理由になってほしい、と康仁さんは力強く言う。

今季の一番目の目標は、4月10日の開幕戦に応援してくれる観客を1000人集めること。盛り上げ役として、これまで関わってきた選手によるOB戦も企画されている。復幸祭の実行委員会には、コバルトーレの選手も入っている。3月26日の復幸祭ではサッカー教室を開催しながら、地元のキッズやファミリーと交流を深め、開幕戦へのアピールもする。今年は選手会も発足、町とさらに関わりながら、積極的に発信にも力を入れていく予定だ。順当に行けば、東北社会人サッカーリーグ1部で優勝を狙えるポジションにいる。ベテラン勢と若手が力を合わせ、力強く前に進むシーズンになりそうだ。

「選手にとって、観客が多いほうが絶対にいいじゃないですか。プレーしている選手たちは、やっぱりかっこいい。その姿を、ぜひ観に来て欲しい。」全勝で突き進んで欲しい、と康仁さん。優勝したりしたら、プロムナードでパレードでしょ、と笑う。町をあげての祝賀ムードに包まれた女川の姿は、誰もが期待していることに違いない。

町の移り変わりを見守る金華楼。

この記事の発行日は、金華楼の新店舗のオープン初日。2016年の女川町復幸祭の三日前。出店するのは、自力再建エリアだ。信じられないですよね〜もうノリノリですよ〜打ち上げはうちでやるって決まってますよ〜、と明るく笑う康仁さん。連日連夜、確認作業や打ち合わせで大忙し。「予定をちょこちょこ入れることで、即決できるように、迷う時間を無くしているんですよ。決めたことだし、と割り切れますからね」と大人の余裕を見せる。

お客さんにとって、わかりやすい場所になる嬉しさがある、と康仁さん。以前の店舗は道が入り組んだ住宅地にあり、時には辿りつけないお客さんもいたのだそうだ。新店舗は、女川湾に面した立地の二階建て。一階は木目調のインテリアのテーブル席、二階は子ども連れの家族も楽しめるお座敷になっている。眺めのいい場所をお客さんに楽しんでもらうために、窓は大きめ。一階にはウッドデッキ、二階にはテラス席をそれぞれ取り付けた。「ウッドデッキからは、女川湾を見渡すことができます。新しい公園や道路ができていく、町の移り変わりが見えるんですよね。自分も、店から女川の変化を見守っていこうかと」。震災前の店舗の面影を残しつつ、海と近い場所に金華楼を再建することを選んだ。康仁さんにとっても、以前の姿を知るお客さんたちにとっても、本来の場所に戻ってきた、という感覚が強いのだろうと思う。

新店舗も、間違いなく新たなにぎわいを生み出す場所になりそうだ。「お客さんにいい気分を与えていこうかなと。プロムナードの音楽を感じながら、うちの店にも来てもらう。女川に来てよかったな、女川って美味しかった、面白かったと思ってもらえるキッカケになりたい」。町の中心部のにぎわいの一部になるのが楽しみだ、と康仁さんの声が弾む。お酒の種類を増やすことで、食事を食べながら、ゆったり飲めるような空間にしたいそうだ。雰囲気の良い音楽を流すために、スピーカーも設置。新しく注文したスペインタイルと、宮城県出身のお笑い芸人さんの直筆サインを飾る準備もできた。

「これが完成ではなく、常に修正しながら、前に進んでいく店にしたい」と康仁さん。最近は、特に周りに助けられていることが多いと感じる、と話す。半年間の密着取材を受けていたテレビ番組のディレクターから、店舗を建設しているシーンが欲しいと頼まれた。急な願いにもかかわらず、工務店の後輩が手配した大工さん10名が現れた。書類申請のため、数十分に一回確認の電話をしていたら、もう来ましたと後輩が現れる。なんとも、愛のある女川らしいエピソードだ。

旅のワクワク感をくれる女川。

魂が自由で、ピュアな康仁さんの原点は、20代で経験した海外での交流にある。元々親戚にアメリカ人の友人がいたり、カナダ、マレーシアからのお客様を案内するなどしているうちに、徐々に自らも海外へ行きたいという気持ちが芽生えはじめたという。友人とハワイに行くための貯金をしていたところ、格安航空券の存在を知り、一人で渡米。3ヶ月かけて、長距離バスでアメリカを横断した。

その後一度日本へ戻り、飲食店での仕事を再開。旅本を読んだり、アジアを放浪したバックパッカーから聞いた話を思い出すうちに、資金が貯まったところでまた旅へ。半年間で、ギリ島、バリ島、ジャワ島、ジャカルタ、シンガポール、マレーシア、タイ、フランス、ギリシャ、トルコ、エジプトとインドを回った。「ばーっと移動して、気に入った所に長くいました。旅って、場所よりも誰と一緒にいるかで、楽しいことや見える風景が変わるじゃないですか。」その場で出会ったバックパッカーとイスタンブールで盛り上がり、じゃあエジプト行こう!となり、ワイワイ騒いでいたそうだ。

康仁さんは言う。「若い時に誰かと話したり、触れ合う経験をしたことが、今のベースになっています。自分にとっての【楽しい】状態がわかった」戻ってきてからは、金華楼一筋。現在は、パスポートも持っていないという。行きたい場所が、今は思い浮かばないのだそうだ。「女川に色々な場所から色々人が来てくれているから、今が旅している時と同じ状態なのかもしれない」と言い切る。ワクワクする事に対して、一緒にやろうと言ってくれる仲間がいる場所。それが、女川なのだ。「行き来する状態が心地よいんです。物理的ではなくても気持ちが色々な場所に移動していくのが心地よい」、とつぶやいた康仁さん。ああ、その通りだ。初めて訪れた時から感じていた女川の魅力の一つを、言葉にしてくれた瞬間だった。

女川町復幸祭に向けて。

3月26日開催の女川町復幸祭2016。今年も、康仁さんは副実行委員長を務める。自分は調整や整理をする役だと思っている、と話す。今年の実行委員会の中には、地元の人びと以外にも、新たに女川に移り住んだ移住組も参加している。「これからの女川がこうなっていくのかな、と。女川出身者も、外から来た人も関係なくアイディアを出し合って、一つの目的に対して役割を見つけてやっていく。それぞれの役割をしっかり認識している」康仁さんは話す。

新しくできたレンガみちのプロムナードをどう使うのか、そこに康仁さんは注目している。完成してから、最初のイベントとなる復幸祭。町が完成していく過程でどう利用してもらえるのか。女川がどう使われていくのか。みんなが集まって復興のために一つのことをすると始まった祭。今回の復幸祭は、新しく完成した場所で今後開催していくもののベースになる。

町を訪れるお客さんには、どういう使われ方をしているか楽しんでもらいたいそうだ。「実行委員会も楽しい人が多いので、ぜひ交流してほしい。チャレンジしたい人がいれば、女川ではみんなでサポートする。そういう女川であればいい。それを感じてもらえれば。」

夢を叶える町がある〜そのテーマを感じる復幸祭まで、あと3日。多くの人で賑わうプロムナードを、満面の笑顔で闊歩する「やっちゃん」の笑顔が浮かんだ。

女川こぼればなし

実はギターの腕前が、かなり評判のやっちゃん。イベントの前夜祭で披露してくれた姿を思い出す。今年の夏も、その音を響かせてもらえるだろうか。今からお願いしておこう。